タニザワ

「新規格フルハーネス」開発物語

2019.09.02

2019年1月25日に「安全帯の規格」の全部を改定した「墜落制止用器具の規格」が告示、2月1日より施行されました。これにより、高さが2メートル以上で作業床が用意できない場合に用いる墜落制止用器具は、原則的にフルハーネス型でなければならないことになりました(高さが6.75メートル以下の場合は、胴ベルト型を使用可)。この規格改正に向けて、メーカー各社は新規格に準拠した製品の開発に、全力で努めてまいりました。

フルハーネス型安全帯のさきがけ

フルハーネス型安全帯のさきがけ 谷沢製作所発行の広報紙「保安と衛生ニュース」第1号より(1953年2月20日付け)

谷沢製作所は産業用ヘルメットのメーカーとしてご承知のことと思いますが、昭和25(1950)年に日本で初めて安全帯を製作したメーカーでもあります。
終戦後、アメリカの安全雑誌を参考に、ハーネス型の安全帯を作りました。革製のベルトは馬具屋で作り、麻布製のベルトは消防用ホースを転用しました。D環などの金具はアメリカ軍からの供出品を用いたそうです。
その後、時を経ずして作り始めた胴ベルト型が、販売の主流となりました。当社では、ハーネス型の安全性をアピールし続けましたが、特定の客先に向けて細々と生産する期間が長く続きました。
平成に入った頃から、頻発する墜落事故を防ぐため、安全帯は装着するだけでなく、その実使用が進みました。その結果、墜落阻止の事例と共に、宙吊りになった際の衝撃や圧迫で脊椎や内臓に障害を残したり、不幸にも救助が間に合わなかったりする事例が出始めました。
そうした中、平成11(1999)年に改定された、労働省産業安全研究所の「安全帯構造指針」に初めてフルハーネス型安全帯が盛り込まれ、製品の性能基準が示されました。
続いて平成14(2002)年には、フルハーネス型が明示された「安全帯の規格」が厚生労働省より告示され、フルハーネス型安全帯は新しい時代に入りました。
それ以降、フルハーネス使用のモデル現場として国内の大規模な建築工事が選定されることが多くなり、次第に販売本数が伸びてゆきました。平成20(2008)年末に鉄骨建て方が始まった東京スカイツリーの建設現場でも、当社製品が多数使われました。

規格改正に向けての準備開始

規格改正に向けての準備開始 当社旧規格フルハーネスを装着したトルソーを頭部より落下させ、ランヤードが伸びきった瞬間(当社試験塔にて)

厚生労働省が「墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会」を開催し、胴ベルト型安全帯を原則的にフルハーネス型に移行する方向性を示したのは、平成28(2016)年の10月です。
その検討が進む中で、ISO規格と整合性をとる可能性が強まりました。それまでの国内規格では、試験に用いるトルソーの質量が85kg、衝撃荷重が8kN以下であったのに対して、ISO規格ではそれぞれ100kg、6kNまたは4kN以下と大きく異なっていたため、各メーカーともにフックなどの金具やショックアブソーバなどの構成部品全てにわたって作り直す必要が生じました。
ISO同等の規格に準拠する海外製品はフックを始め、全ての部品が大ぶりです。そこで、新たに開発する製品では、規格に合わせながら、如何にして日本人が使いやすい大きさの製品にするかが重要なポイントとなりました。そのため、準備段階の初期はもっぱら、部品やランヤードの改良に力を注ぎましたが、平成30(2018)年の5月になって、当社ではフルハーネス本体の構造改良に向けて、大きな転機がありました。
ISO規格では、従来の日本規格のようなトルソーの脚部を下にした順落下試験だけでなく、頭部から逆落下させる試験も行います。この試験方法による実験を従来製品で行って、高速度撮影したところ、背中のD環が最初の衝撃で腰近くまで動き、さらに体の反転によってそれが首の近くまで持ち上るという、とても激しい動きをすることが確認できました。落下体が生身の人間だったらと想像すると恐ろしくなるような結果でしたので、開発陣はこの動きをもう少し抑えられないものかと、ハーネス本体の構造を一から見直すことになりました。
秋の展示会シーズンに向けて、8月半ばまでには製品仕様を確定する予定でいましたので、日程的にたいへん厳しい状況に追い込まれましたが、当社にとっては最終的に、この時の実験結果が幸いすることになります。

フルハーネス本体改良の目途が立つ

フルハーネス本体改良の目途が立つ 「フリーショルダー」写真はST#571A

日程的に後がない7月23日、開発部門から営業部門に改良品の説明が行われました。うれしいことに、そこには当社独自の特長がたくさん盛り込まれ、製品は全く新しい姿に生まれ変わっていました。
まず、逆落下時の衝撃でD環が激しく上下に動かないように、背中のベルトのD環への通し方が工夫されていました。それにより、左右の肩ベルトが肩の動きに応じて動くようになり、着心地が格段に良くなりました。そこで、この特長を「フリーショルダー」を名付けました。これには従来より定評があった、当社独自の滑らかで柔らかな、シートベルトのような感触のベルト生地の特性が活きました。

「フリーサイズ」左のモデルの身長は186cm、右のモデルは160cm いずれも同じST#571Aを着用

また、従来はサイズがL、M、Sの3種類ありましたが、サイズ調整幅を大きくしたことで、特別小さいサイズを用意した女性用のST#575を除いては、「フリーサイズ」になりました。ST#571~574は、身長と体重を足した数字が190~290の範囲(例えば150cm 40kgの方から190cm 100kgの方まで)をカバーできます。これは製品を準備される管理者の方にとって、便利な特長となりました。
逆落下時には背中のD環だけでなく、胸ベルトにも大きな衝撃がかかります。当初、胸ベルトは従来よりも幅広で、バックルも金属製でないとその衝撃に耐えられないと思われましたが、試行錯誤の末、落下時に胸ベルトとハーネス本体との接合部が、限られた範囲の中で動くようにすることで、衝撃荷重を胸ベルトからハーネス全体に分散させることに成功し、軽快な細幅ベルトと軽量のプラスチックバックルが使えるようになりました。

一方、腿ベルトがフラットなスタイルの従来製品は、腿ベルトを縦ベルトにより4ヶ所で吊っていましたが、それを2ヶ所で吊るようにしました(ST#571、ST#573、ST#575)。一般的に腿ベルトがフラットな製品は、しゃがんだ時に後ろの縦ベルトがでん部で突っ張りやすく、それが腿ベルトを膝近くまでだらしなく下げて使う理由の一つになっていました。当社の改良製品では後ろの縦ベルトが腰の横に逃げるため、突っ張りが解消し、正しく装着しても使いやすくなりました。当社ではこの特長を「フリーテンション」と名付けました。

「フリーテンション」左の新規格製品ST#571Aは縦のベルトがでん部で突っ張らない。右が従来品のST#551

「フリーテンション」左の新規格製品ST#571Aは縦のベルトがでん部で突っ張らない。右が従来品のST#551

秋の展示会シーズン到来

9月20日、横浜で全国建設業労働災害防止大会の展示会が開かれ、秋の展示会シーズンが始まりました。メーカー各社が長い期間、それぞれ独自に、そして秘密裡に準備してきた新規格フルハーネスが、文字どおり一堂に会しましたので、来場のお客様のみならず、出展者にとっても、大変興味深い展示会となりました。
当社の製品は、フルハーネス本体の特長に独自性があり、一安心した半面、ランヤードについてはショックアブソーバのサイズが他社よりも一回り大きいことがわかり、営業部隊は危機感を覚えました。当社で新規に開発したショックアブソーバは、強度を支える部材と衝撃吸収部を一体化させた特殊な織物を使用し、他社に無い構造をとっていましたが、開発部隊は機能だけでなく、見た目の大きさも重要であることを再認識しました。
そこで、10月17日に始まる緑十字展まで、短い期間でしたが、ショックアブソーバの小型化に向けて最後の挑戦を行い、遂に他社に負けない大きさのショックアブソーバを緑十字展で披露することができました。

納期遅延のお詫び

11月以降、発売に向けて生産を始めました。営業部隊は製品紹介に飛び回りましたが、おかげさまで当社製品はとても好評で、予約のご注文を続々といただきました。
発売日の2月1日の時点で、すでに2ヶ月以上、納品をお待ちいただく状況となり、現時点では更にその期間が延びています。製造部門では増産に努めておりますが、しばらくの間、お客様に多大なご迷惑をお掛けすることが避けられず、たいへん申し訳なく思っています。
現在、当社ではなお一層の増産に努めておりますので、引き続きご愛顧を賜りますようお願いいたします。